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歴史資料から見える交流と文化。井上通泰関連資料が新たに寄贈│福崎町

歴史資料から見える交流と文化。三重県津市の人物「倉田金十郎」宛書簡群が語るもの│福崎町
地域
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近年、発見された複数の古文書が、福崎町ゆかりの偉人、 井上通泰やその周辺の人物から三重県津市八幡町の人物「倉田金十郎」に宛てられた資料であることが明らかとなり、中塚廣重氏より福崎町へ資料が寄贈されました。(写真左から:尾﨑町長、中塚廣重氏)

本資料は、中塚廣重氏が入手した6点の文書群で、いずれも倉田金十郎宛の書簡や関連資料と考えられています。内容からこれらは倉田家が所蔵していた可能性が高く、地域史や文化史において貴重な一次資料といえます。

井上通泰とは

井上通泰は柳田國男の兄で、眼科医として働くかたわら、 万葉集や風土記の研究を行いました。 また、歌人としても有名で、 山県有朋の発意で設立された歌会 「常磐会」 の選者として参加したり、 宮中の歌会始にも携わり、多くの門人を抱えていました。

倉田金十郎とは

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倉田金十郎は三重県津市八幡町出身で、朝鮮半島で肥料商を営んだ後に帰国し、織物業や農業開発など地域産業の発展に寄与しました。また、町総代や市議会議員を務めるなど地域社会でも重要な役割を担った人物です。
和歌を趣味とし、歌人・井上通泰の門人でもあり、歌会始に出詠するなど文化的活動も活発でした。

寄贈された資料の一部

扇面

歴史資料から見える交流と文化。三重県津市の人物「倉田金十郎」宛書簡群が語るもの│福崎町

旭光照波
いつる日の はなつ光に あをうな原
すゑの末まて 浪そかゝやく     通泰

大正11 年1 月

倉田金十郎宛井上通泰葉書

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歴史資料から見える交流と文化。三重県津市の人物「倉田金十郎」宛書簡群が語るもの│福崎町 歴史資料から見える交流と文化。三重県津市の人物「倉田金十郎」宛書簡群が語るもの│福崎町
 
これらの資料からは、井上通泰が地方の名士と関わりをを持っていたことが分かり、井上通泰の広い人脈の一端を知ることができる貴重な資料となっています。 柳田國男 松岡家記念館で今年の秋に開催される企画展で展示予定です。
福崎町立柳田國男・松岡家記念館
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