〜美しい麻の正体〜
――トントン……トントン……
千鶴さんは一心不乱に木槌を振り下ろしていた。
作業台の上には、大きな水槽でふやかされた“何か”が横たわっている。
(なにかが……おかしい)
よく見ると、作業台から垂れ下がっているのは、みどりちゃんがいつも着ていた黄色いカーディガンだった。
そして、木槌で叩き潰されていたのは――みどりちゃんの頭部だった。
「ひっ……」
口を手で覆い、叫び声を必死に抑え込む。
みどりちゃんはピクリとも動かない。目は見開かれたまま、光を失っていた。
千鶴さんはトランス状態のように呟きながら、木槌を叩きつけている。
「ううん、ダメ……まだ硬い。もっと叩いて、灰汁(あく)を抜いて、水に晒さないと……」
千鶴さんが手にしていたのは、麻の茎ではなかった。
打ち砕かれ、赤黒い血と皮脂を洗い流されたみどりちゃんの長い黒髪だった。
千鶴さんは愛おしそうに、何度も何度も木槌で髪を叩き、引きちぎり、丁寧に手で梳(す)いていく。水と灰汁で洗われ、木槌で繊維を破壊されたその髪は、次第に色が抜け、薄気味悪い白銀色の光沢を放つ美しい繊維へと姿を変えていった。
「……できた。やっぱり若い子の髪は、一番上質な麻になるわ。千鶴お母さん、見て……こんなに綺麗……」
千鶴さんは仕上がった“白い髪の束”を愛おしそうに撫でると、冷たくなったみどりちゃんの胸の上に、そっと置いた。
脳裏に、風土記の一文が激しくフラッシュバックする。
『打ち終えた麻を胸に置いたまま、即死した』
頭が狂いそうだった。
病死や事故死の記録なんかじゃない。
古代からこの土地の「特定の家系」だけで受け継がれてきた、人間を材料にして最高級の麻を仕立てるという、凄惨な食人ならぬ“人加工”の狂気だったのだ。
〜抜け出せない工房〜
恐怖で全身の血が引き、後ずさりした瞬間――。
ギシ、と廊下の床板が小さく鳴った。
え……? 目の前に千鶴さんがいるのに?
首筋に、氷のように冷たい吐息が吹きかけられた。
「……だから、夜は来ちゃだめって言ったでしょ? “私のお母さん”に見つかっちゃうから」
耳元で聞こえたのは、千鶴さんの声ではなかった。
しわがれ、掠れた、老女の声。
振り返ると、そこには車椅子に乗った、顔中シワだらけの老婆が立っていた。
その膝の上には、血で汚れた古い大きな裁ち鋏が握られている。
「千鶴、いい子ね。みどりちゃんの次は、髪の長いライターさんにするって言ってたのは、この子のことかい?」
老婆が不気味に目を細めて笑った。
工房の奥から、千鶴さんがゆっくりと振り返る。その顔には、取材の時に見せてくれたものと全く同じ、穏やかで美しい笑みが浮かんでいた。
「ごめんなさいね。うちの麻織り、最近すごく評判が良くて……材料が足りなくなっちゃったの」
視界が急速に暗転していく。
後頭部に伝わる激痛の中で、私が最後に聞いたのは、千鶴さんが優しくハミングする歌声と、静かに振り下ろされる木槌の音だった。
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