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『播磨国風土記怪異録 』【第一話】宍粟の山奥で「夜に麻を打ってはいけない」理由

『播磨国風土記怪異録 』【第一話】宍粟の山奥で「夜に麻を打ってはいけない」理由
エンタメ
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〜憧れの女性と、風土記の言い伝え〜

「夜の9時を過ぎたら、裏の工房には絶対に近づかないでね」

宍粟(しそう)市の深い山あいに佇む、築100年の古民家カフェ兼・伝統麻織り工房。
オーナーの千鶴さん(52)は、ハーブティーを淹れながら、いつもの穏やかな笑顔でそう言った。

私は地域Webライターとして、これまで何度も彼女を取材してきた。
東京の企業を辞めて過疎化が進む実家にUIターンし、廃れかけていた地元の伝統工芸「宍粟の麻織り」を復活させた千鶴さん。洗練された立ち振る舞いと地域への情熱を持つ彼女は、私にとって「憧れの女性」だった。

その日は、千鶴さんを慕って住み込みで働く地元出身の女子大生・みどりちゃん(21)も一緒だった。
明るく健気なみどりちゃんは、「千鶴さんみたいになりたいんです」と嬉しそうに麻の繊維を紡いでいた。昼間の工房は、陽光が差し込み、麻の清涼な香りに満ちた温かな空間だった。

夕食後、千鶴さんがふと思い出したように語り始めた。

「この近くの山はね、昔『麻打山(おさうちやま)』って呼ばれていて、1,300年前の『播磨国風土記』にも載っているの。但馬から来たふたりの姉妹が夜に麻を打って、胸の上に麻を乗せたまま即死したっていう、不気味なお話があるのよ」

「へぇ、即死……原因は何だったんですか?」
「書かれていないの。だからこそ、この土地では昔から『夜に麻を打つこと』が固い禁忌(タブー)とされてきたの。……だからね、夜に工房から音が聞こえても、絶対に覗いちゃだめよ」

千鶴さんは冗談めかして微笑んだ。私は「昔の労務管理の知恵ですね」と笑い返し、その夜は離れの客間に泊めてもらうことになった。

〜暗闇に響くトントンという音〜

深夜1時すぎ。
激しい喉の渇きで目が覚めた。山特有の冷気が静かに肌を刺す。

母屋の台所へ向かおうと廊下に出たとき、不意に音が耳に飛び込んできた。

――トントン……トントン……トントン……

静寂を突く、重く乾いた音。裏手の工房からだ。

(千鶴さん……? 夜は作業しないって言っていたのに)

ふと、夕食の席にみどりちゃんがいなかったことを思い出す。「体調を崩して奥で寝ている」と千鶴さんは言っていたが、どこか胸騒ぎがした。

「覗いちゃだめよ」という言葉が頭をよぎる。しかし、いつも完璧な千鶴さんが見せた小さな矛盾と、ライターとしての業(ごう)が、私の足を工房へと向かわせた。

引き戸の小さな隙間に、そっと目を凝らす。
ろうそくの揺れる炎の中、背中を向けて立つ千鶴さんの姿があった。

次ページ:〜美しい麻の正体〜

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