あなたの身近な情報を投稿しませんか?

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来
暮らし
スポンサーリンク

福崎町の皆さん、2026年5月は私たちの街にとって、そして地域の暮らしを支える「あのお店」にとって、最高に特別な1ヶ月になりそうです。

福崎町が町制施行70周年を迎えるこの春、実は福崎町でおなじみのスーパー「ボンマルシェ(株式会社銀ビルストアー)」も、同じく創業70周年という大きな節目を迎えます。

かつて福崎町でも親しまれた「銀ビルストアー」は、日本の買い物文化を根底から変えた「伝説」のお店でした。

ボンマルシェ福崎店

ボンマルシェ福崎店

1956年、姫路から始まった「未来の買い物」

「スーパーマーケットの先駆け」といえばダイエーを思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし事実はさらに驚きです。ダイエー創業(1957年)の1年前、1956年5月15日、経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言したその年に、姫路の地で銀ビルストアーは誕生しました。

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来 株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

戦後の対面販売が当たり前だった時代に、「客が自ら商品を選び、カゴに入れる(セルフサービス方式)」を日本でいち早く導入。

現存するスーパーとしては「日本で2番目に古い」という、まさにレジェンド級の歴史がこの播州の地から始まったのです。(注:日本最古は「紀ノ国屋」1953年)

時代を創った「巨星」たちの絆:中内氏、清水氏との熱き交流

スポンサーリンク

日本の流通を近代化しようと奔走した当時の経営者たちは、企業の垣根を超えて深く結びついていました。

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

2代目社長 大塚茂木

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

相談役 岡田輝年

創業者・大塚茂木の義弟であり、当時の熱気を肌で知る岡田輝年相談役(86歳)は、ある貴重なエピソードを語ります。

大塚は、後のダイエー創業者・中内功氏と、過酷な戦争を生き抜いた「戦友」としての深い縁で結ばれていました。

まだダイエーが産声を上げたばかりの黎明期、中内氏は自ら姫路の店舗を訪れ、銀ビルの売場を熱心に視察されたといいます。

また、ライフ創業者の清水信次氏とも切磋琢磨し、地方の一小売店にとどまらず、日本の流通革命のど真ん中に銀ビルはいたのです。

焼け跡の「8人の決断」と、子供たちが運んだ新しい文化

銀ビルストアーの出発は、決して順風満帆ではありませんでした。

戦後の混乱期、立ち退きや多額の負債という絶望的な状況。しかし、最後に残ったわずか「8人のメンバー」の胸には、「このままでは終われない」という執念で賭けたのが、未知の領域であった「株式会社による一本の店舗運営」でした。

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

銀ビルストアー 開店式典

新しい買い物の形を浸透させるため取った作戦は、実にユニークなものでした。

近隣の小学校の児童へ「金券」を発行し、新しいお店を体験してもらったのです。自分で商品を選ぶ楽しさに目を輝かせた子供たちが、家に帰ってその感動を家族に伝える――。

子供たちの純粋な好奇心が架け橋となり、新しい文化は瞬く間に地域のスタンダードへと変わっていきました。

かつての「銀ビル」は、今の「辻川観光交流センター」にあった

スポンサーリンク

福崎町の歴史を語る上で欠かせない場所があります。

現在、ガジロウで賑わう「辻川観光交流センター(サキちゃんプラザ)」。実はこここそが、かつて銀ビルがあり、町の人々の活気であふれていた場所でした。

福崎町辻川観光交流センター 町制70周年記念 連載 第2回:高速道路が開いた未来!1981年『伸びゆくふくさき』が映す大転換期/福崎町

当時は「福崎の台所」として、夕食の買い出しに来るお母さんたちの笑顔が絶えない場所でした。

形を変え、今は観光の拠点となっていますが、「町を元気にし、人が集まる場所」であるというDNAは、70年前からずっと変わっていません。

70周年の節目に:伝統を「進化」させ、次の100年へ

創業から70年。銀ビルストアーは、大手資本による統合の荒波に何度も晒されながらも、「独立自尊」を貫き、地域の暮らしを守る社会インフラとして根を下ろしてきました。

現在、創業者・大塚茂木の孫である大塚兼史社長は、「30店舗・300億円」のビジョンを掲げ、組織の若返りとデジタル活用を加速させています。

しかし、どれだけ時代が変わっても変えないものがあります。それは、「人で負けたら終わり」という信念です。

株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来 株式会社銀ビルストアー創業70周年。福崎町・辻川から続く「地域密着スーパー」の原点と未来

効率優先の時代にあえて手間を惜しまず、店内で包丁を握る「インストア加工」や、顔の見える接客。このこだわりこそが、銀ビルの、そしてボンマルシェの魂。

福崎町と銀ビルストアー。1956年に共に産声を上げ、この街を見守り続けてきた「同期生」のような存在です。

2026年5月3日の町制70周年記念式典など、お祝いムードに包まれる福崎町。

買い出しにボンマルシェへ寄った際は、ぜひ思い出してみてください。そのカゴに入れた商品は、70年前の姫路で生まれた情熱から始まった「未来の買い物」の形であることを。

銀ビルのDNAは「ボンマルシェ」へ

スポンサーリンク

辻川の銀ビルは姿を消しましたが、そのスピリットは現在、「ボンマルシェ福崎店」へと受け継がれています。

ネットスーパーや大型ショッピングモールが増えた今でも、ボンマルシェが愛される理由は、創業時から変わらない「地域密着」と「対面に近い温かさ」といいます。

効率を優先して工場でカットされたものを並べるのではなく、今でも店内の包丁一本で魚や肉をさばく「インストア加工」にこだわる姿勢は、銀ビル時代からの「地域の食卓を預かる責任感」そのものです。

福崎町と銀ビルストアー。
形を変えながらも、お互いに支え合って歩んできた70年。

  • 福崎町: 妖怪の町として全国から注目される魅力的な町へ
  • 銀ビル(ボンマルシェ): 伝統を守りつつ、デジタルも活用する次世代のスーパーへ

今年の5月は、辻川観光交流センターでかつての銀ビルに思いを馳せ、ボンマルシェでお祝いのご馳走を買い出し……なんて過ごし方も素敵ですね。

これからの70年も、私たちの町と食卓がもっと豊かで楽しくありますように。

タイトルとURLをコピーしました