神崎郡は兵庫県の真ん中に位置し、地図だと上から順に神河町(かみかわちょう)、市川町(いちかわちょう)、福崎町(ふくさきちょう)の3町からなる地域。
「郡」は1923年に郡制が廃止されて以降はただの行政区画にすぎず実際の行政サービスは郡内の各自治体(町)が行っています。
一体感のあるような無いような神崎郡。
三町はそれぞれ等しく住所に神崎郡を含みますが行政サービスは町毎のため「郡」を意識することは少なめ。町が違うと別の地域感がある神崎郡。
神崎郡の由来
播磨風土記には宍粟市にある伊和神社の神様の子である建石敷命(たけいわしきのみこと)が降り立った山が福崎町山崎の神前山(かむさきやま)と呼ばれ「神崎郡」の由来となったと書かれています。
神崎郡の関係の歴史
1878 | 銀の馬車道ができる |
1883 | 辻川郵便局ができる |
1894 | 寺前・姫時間に播但鉄道が開通 |
1898 | 神崎郡と呼ばれるようになる |
1927 | 乗合馬車がとりやめになる |
1955 | 町村合併が盛んに行われる |
1975 | 中国縦貫自動車道ができる |
1982 | 播但連絡道ができる |
1993 | 大河内発電所ができる |
1998 | 播但線 姫路~寺前間が電化される |
2005 | 大河内町と神崎町が合併し神河町になる |
2006 | 香寺町が姫路市に |
2005年までは神崎郡は5町でした。
各地域の人口
サイトのトップ画像にもありますが隣接しているのは姫路市、加西市、多可郡多可町、朝来市、宍粟市の4市1郡。
※兵庫県企画県民部ビジョン局統計課(2020年1月1日現在)
市町 | 総人口 | 男性 | 女性 |
姫路市 | 530,099 | 256,348 | 273,751 |
神崎郡 ※神河町 ※市川町 ※福崎町 | 41,446 | 19,809 | 21,637 |
加西市 | 42,978 | 21,201 | 21,777 |
多可郡 ※多可町 | 19,660 | 9,507 | 10,153 |
朝来市 | 29,159 | 14,041 | 15,118 |
宍粟市 | 34,889 | 16,730 | 18,159 |
こうしてみると神崎郡としての総人口は4万人を超え、近隣では加西市と同規模。兵庫県内では淡路の洲本市がもっとも近く41,551人。
神崎郡の人口
総人口は4万人を超える神崎郡ですが各町毎の人口はこんな感じ。
市町村 | 総人口 | 男性 | 女性 |
神河町 | 10,746 | 5,014 | 5,732 |
市川町 | 11,344 | 5,506 | 5,838 |
福崎町 | 19,356 | 9,289 | 10,067 |
兵庫県41市町のうち、総人口が最も少ないのは神河町、ついで市川町。
でも、神崎郡って合わせてみたら結構人多くない?
各地域の面積と人口密度
市町 | 総人口 | 面積(k㎡ ) | 人口密度(人/k㎡) |
姫路市 | 530,099 | 534.48 | 991.6 |
神崎郡 ※神河町 ※市川町 ※福崎町 | 41,446 | 330.70 | 125.3 |
加西市 | 42,978 | 150.98※ | 284.7 |
多可郡 ※多可町 | 19,660 | 185.19 | 106.2 |
朝来市 | 29,159 | 403.06 | 72.3 |
宍粟市 | 34,889 | 658.54 | 53.0 |
面積を見ると近隣では多可郡と朝来市の間。宍粟市は兵庫県下では豊岡市に次いで僅差の2位とかなり広い面積を誇ります。さすが森林王国。
ちなみに神崎郡の面積330.70というのは兵庫県だと作用郡(佐用町「307.44」)とほぼ同じ面積。神崎郡の人口密度(125.3)は丹波市がほぼ同じ125.0
神崎郡の面積と人口密度
市町村 | 総人口 | 面積(k㎡ ) | 人口密度(人/k㎡) |
神河町 | 10,746 | 202.23 | 53.1 |
市川町 | 11,344 | 82.67 | 137.2 |
福崎町 | 19,356 | 45.79 | 422.7 |
神崎郡だけで見てみると神河町の人口密度53.1は宍粟市(53.0)とほぼ同じ。市川町の人口密度137.2は丹波市(125.0)と南あわじ市(194.4)との間。福崎町の422.7は三木市(425.4※人口75,092)とほぼ同じ。
広い、広いと思っていた神河町はやっぱり広かった。ざっくりですが
福崎町×2=市川町
市川町×2.5=神河町
副教材「わたしたちの神崎郡」
この本見覚えありません?
神崎郡小学校教育研究会社会科部会が発行している社会科の副読本。神崎郡内での小学3年生と4年せいでは身近な地域について学習する際に使われるもので初版は昭和58年(1983)に発行。
おそらくですが1984年時点で3、4年生だった1974年以降生まれの方は使われたはず。
当時はそこまで思わなかったのですが地元を知るにはめちゃめちゃいい情報が載っていて今見ても面白いw
各町の産業や交通、名所や旧跡や歴史など神崎郡を知るにはもってこいな一冊。身近なところでも結構知らないことは多い?
ワンチーム
地元で話しを聞いていると「(地域に)なにもない」などの声を聞く機会がありますが神崎郡全体として考えると全部が山でもなく海でもなく、店も遊び場もあるんですよね。なにもかも揃うわけではありませんが。
神崎郡三町に国境があるわけでも無く、続く道を今日も人が自由に行きかっている。自然に町を超えて遊び、働き、家に帰る。
たまに同じ「神崎郡」ってことを意識してみると新しい何かが見つかるかもしれません。
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