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『幻想神崎郡史』―時を記録する郡、消えゆく町の物語―

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幻想神崎郡史
エンタメ

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【最終章】幻想郡史の終端

令和12年(2030年)。神崎郡福崎町・市川町・神河町が合併。“神崎郡”という行政名は、兵庫県の地図から正式に削除された。

新しい区域名は「中播磨北地区」。
住民票も、看板も、役所の表記も、静かに書き換えられていく。

だがその日、GAJIRO像の足元では——最後の“記録”が始まっていた。

KGS-CORE NODE / STATUS:TRIGGERED 1.00
SYNC LOCKED / FINALIZATION INITIATED

午後3時14分、辻川山公園一帯で局地的な磁場異常が発生。
空は一瞬だけ夕暮れのように赤く染まり、風も音もすべてが止まった。

——記録装置は、ついに「固定」に入ったのだ。

そのころ遼たちは、町境の旧・神東町の廃神社にいた。
写本の最後の空白ページを持ち、彼らは最後の観測を終えようとしていた。

綾音が呟いた。

「この郡が消えることが、こんなに重く感じるなんて思わなかった……ただの地名なのに」

「いや……地名じゃなくて、記憶だったんだ」

遼が写本の白紙ページにペンを置いたとき、不思議なことが起こった。

彼の手は動いていないのに、言葉が浮かびはじめた。

郡の記録、完了。
観測者群A(遼、綾音、慎吾)による郡の全域確認および伝承記憶解析、終了。
本体記録は固定され、郡意識体は収束へ向かう。
以後の再生条件:記憶想起または読者認識による断片再現。

慎吾がつぶやいた。

「つまり……この写本自体が、“郡の縮図”なんだな」

遼はうなずいた。

「本が残る限り、郡も残る。誰かが読めば、また動き出す」

GAJIRO像の台座には、最後のコードが刻まれていた。

KGS-FINAL SEAL / ARCHIVE MODE ENABLED

そして、像の動きは完全に停止した。
風が戻り、音が戻り、空の色が元に戻る。

郡は、眠りについた。

一週間後。
3人は福崎町を離れる。

道の駅もちむぎの里の看板に、「旧・神崎郡」の文字がまだ残っていた。

綾音がふいに遼へ聞いた。

「ねえ、この“幻想神崎郡史”って、最初から誰かに読まれることを前提にしてたんじゃないかな?」

遼は答える。

「うん。僕たちが書いたと思ってたけど、本当は“読ませられてた”んだ。……誰かに、この郡を、記憶させるために」

写本の最終ページが開かれる。

そこには、こう書かれていた。

幻想神崎郡史

この記録は、存在したことを証明するものではない。
ただ、“忘れられたくない”という、地名なき郡の祈りである。

——あなたが今、ここを読んでいるということ。
それが、郡の記憶装置の、最後のスイッチだ。

記録は完了した。
幻想神崎郡史、終了。

【終】

※本作『幻想神崎郡史』はフィクションです。
登場する町名、地名、史跡、伝承などの一部は実在のものを参考にしていますが、物語中に描かれる人物・出来事・設定は創作であり、実在の団体・制度・歴史とは異なります。

本書はあくまで「記憶されること」についての創作作品です。
神崎郡が、あなたの心の中に残るなら、それが記録の完成です。

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