兵庫県の中央部、播磨の山々に囲まれた土地に、「神崎郡(かんざきぐん)」と呼ばれる行政区がある。
神河町、市川町、福崎町——三つの町が、郡という名のもとにまとまっているが、福崎町を除けば県下人口は最も少なく、その存在はあまりにも静かで、小さく見えるかもしれない。
だが、この地には長い時を生きた人々がいて、古くから続く暮らしがあり、妖怪や伝承、そして忘れられた村々の記憶が息づいている。
この物語は、そんな神崎郡を舞台に描かれる、ひとつの幻想の記録である。
【但し書き】
※本作『幻想神崎郡史』はフィクションです。
登場する町名、地名、史跡、伝承などの一部は実在のものを参考にしていますが、物語中に描かれる人物・出来事・設定は創作であり、実在の団体・制度・歴史とは異なります。
現実の神崎郡とは異なる“もうひとつの神崎郡”として、本作をお楽しみください。
ジャンル:SF×郷土幻想×歴史ミステリー
舞台:兵庫県神崎郡(神河町、市川町、福崎町)
あらすじ
兵庫県のほぼ中心に位置する神崎郡。2029年、人口減少と高齢化の進行によって「郡」の再編が検討される中、神崎郡全域で不可解な現象が起こり始める。
町の川辺では、100年前に廃村となった村の住民と思われる人物が現れ、田畑には一晩で「渦状の稲穂」が現れる。福崎町では辻川山の河童・GAJIROが突如として実体化し、町の人々と意思疎通を始める。
神河町に住む考古学者・天野遼(あまの・りょう)は、古文書「神崎郡史」を研究していた最中、その史書には「2030年(令和12年)、神崎郡が時の裂け目となる」と記された“未来の記述”があることに気づく。その史書は、過去から未来までを同時に記録する「時代重層の写本」であり、現実の流れを変えられる鍵となっていた。
天野は、地元の高校生・槙野綾音(まきの・あやね)、福崎町役場の広報担当で妖怪研究家の片桐慎吾とともに、「神崎郡史」に記された記述をたどり、過去と未来の“ズレ”を調査していく。
やがて明らかになる、神崎郡の地中深くに眠る「地磁気共振中枢」。それは、約千年前に平安の陰陽師たちが封印した超古代ネットワークの中継地であり、日本各地の「郡」が一種の記憶装置として機能する壮大な地球システムの一部だった。
神崎郡が人口最下位となったのは、“記憶密度を限界まで下げることで時空の歪みを吸収するため”という意図的な歴史改変だった――
そして2030年の「郡再編」の日に、再び神崎郡が“書き換え”られようとしていた。
遼たちは、神崎郡という「記憶の器」を守るため、現実と歴史と幻想の狭間で戦う。
【プロローグ】記憶の地層
兵庫県のほぼ中央に位置する、神崎郡。
山に囲まれ、川が流れ、人口は年々減少していた。
人の流れが止まれば、声も消える。声が消えれば、物語も忘れられる。
かつては「郡」としてひとつにまとまっていたこの土地も、いまや再編の波に飲まれようとしていた。市川町、神河町、福崎町——。町の名前は残っても、「神崎郡」という名は、行政地図から消えようとしていた。
だがその前後から、郡内では不可解な現象が続発する。
一夜にして畑に浮かび上がる渦模様。
夜中に山奥の無人集落に灯る明かり。
何十年も動かなかった妖怪像が、誰もいないときに首の向きを変えている。
まるで、土地そのものが何かを語ろうとしているかのように。
そして、それは一冊の本の「書き換え」から始まった。
その本の名は——神崎郡史。
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