【第六章】神崎断層と巨大装置
春の終わり、神崎郡一帯に小さな地震が連続して発生した。
震度にすれば1~2程度。しかし地震計には不自然な“余震”が記録され、地質学者の間で小さな話題となっていた。
「震源は、ほぼすべて神河町と市川町の境界。神崎断層の直下だ」
慎吾が、兵庫県地質データベースから抜き取った資料を見せた。
遼は指先でなぞる。
「ここ……郡の中心に近い。地磁気データも重ねて見せて」
彼らが重ね合わせたのは、衛星磁気観測データと地中電磁探査の過去記録。
驚くべきことに、その断層直下には「空白域」が存在していた。電波が通らず、データが不自然に“沈んで”いるエリア。
「……何かがある。地下深くに、電波を遮る構造物が埋まってる」
慎吾が口を開いた。
「知ってるか? 神崎断層の名がついたのは明治以降だけど、江戸期以前は“神の淵(かんのふち)”って呼ばれてたんだよ。人が近寄らなかった、音が消える土地だったって」
遼は顔を上げた。
「郡の“記録装置”……あれの中心部が、きっとそこだ」
数日後、3人は旧・村境の山奥に分け入り、神崎断層の北端にある“鳴かず谷”と呼ばれる谷筋に到着した。
そこは確かに、音が消えていた。
風も、鳥も、虫の声さえもない。
まるで世界が息を止めているようだった。
「ここに……ある」
綾音が足元の地面を見つめながら言う。
磁気センサーが不安定な値を示し、電子機器は次々とエラーを起こしはじめた。
そのとき。
足元の土がわずかに震え、地中から重低音の共鳴が響いた。
遼は驚いて叫んだ。
「地面の下から……何かが、起動してる?」
振動はわずか数秒で止まり、周囲の空気が一気に薄くなる。
慎吾がリュックから小型ドローンを取り出し、谷底の斜面に滑らせた。
映像が映し出された画面には、明らかに人工的な“円形構造物”が映っていた。
「これは……自然にできる形じゃない。まるで……アンテナの基部?」
ドローンが映し出すその構造体は、灰色の金属質に似た外皮を持ち、地層を貫くように水平に広がっていた。
神崎断層直下
KGS-CORE NODE CONFIRMED
共振中枢:同期指数80%
起動条件未達(行政名消失未確認)
写本のページが、一斉に震えるように開き、真新しい文字が浮かび上がる。
神崎郡における記録中枢の存在、確認済。
機構名称:KGS-CORE(神崎地磁気共振装置)
目的:人類文明単位での記録保全。郡単位による地理情報体の安定化。
条件:区画単位の行政的消滅=観測空間からの切離しをトリガーとする。
「つまり……この装置、“神崎郡”が地図から消えた瞬間に起動するってこと?」
綾音が言葉を失いながら呟いた。
「記録の固定……郡という形が消えることによって、“永遠の郡”として封印される。もう更新も、変化もない……」
遼の顔がこわばる。
「それは“保存”じゃない。——“凍結”だ」
その夜、GAJIRO像の目が赤く光った。
台座には新たな記号。
KGS-CORE STATUS:WAITING / TRIGGER 0.98
慎吾が震えながら言った。
「トリガー0.98……ってことは、もう消滅までカウントダウンが始まってる」
「郡が郡であるうちに、記録を終えないといけない。……でなければ、未来の誰も、“思い出すことすらできない”」
郡が地図から消える。
その瞬間に、記憶は完全に固定され、変わることのない保存状態に入る。
それは、死と似た眠りだった。
(続く)
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