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『播磨国風土記怪異録 』【第二話】加古川の祟りの剣〜古物商が手に入れた呪いの遺物〜

『播磨国風土記怪異録 』【第二話】加古川の祟りの剣〜古物商が手に入れた呪いの遺物〜
エンタメ
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〜絶望に暮れる古物商〜

「お願いです。この取材、どうか記事にしてください。私に残された時間はもうないんです」

加古川市内の旧家で骨董品店を営む神崎正勝さん(58)は、痩せこけた顔で切実に私へ頭を下げた。

私——地域Webライターの私のもとに、神崎さんから取材依頼が届いたのは先週のことだ。
神崎さんは半年前、ある競売で一本の古い日本刀を買い取って以来、不気味な不幸に見舞われ続けていた。

同居していた妻が理由不明の重い抑うつ状態で会話不能となり、続いて長男が引きこもりの末に自傷行為を繰り返し、次男も急速に記憶と自我を失っていったという。

「この剣は『播磨国風土記』にある、買い求めた者の一族を全滅させる『祟りの古剣』です。我が家はもう、私以外みんな心も体も壊れてしまった……。今夜、地元の鍛冶師に頼んで、炉の火で溶かして供養します。どうかその最後を、歴史の記録として記事に残してほしい」

悲痛な面持ちの神崎さんに同情した私は取材を引き受け、その夜行われる「打ち直しの儀式」に同行することにした。

〜火の中で蠢く“黒い影”〜

深夜0時。加古川沿いにある古い作業場。
暗闇の中、鍛冶炉の赤々と燃える炎だけが二人を照らしていた。

神崎さんと老鍛冶師が、問題の古剣をゆっくりと火床(ひどこ)の中へと放り込む。

しかし――異変は静かに、そして圧倒的な異様さで起きた。

千度を超える炎の中に入れられたにもかかわらず、その剣は一向に赤くならない。
それどころか、周囲の火力を吸い込むように急速に黒く濁り、炉の中の温度をじわじわと下げていったのだ。作業場の室温が、真夏だというのにスッと凍りついていく。

そして、打ち直そうと老鍛冶師が金属の槌を振り下ろした瞬間。

――チャリ……ズ……ズズ……

槌が触れた部分の刀身が、まるで柔らかい生肉のように『ニュッ』と窪み、槌をじっとりと吸い付けた。
熱せられた鉄の感触ではない。生き物の肉体を叩いているような粘りつく手応え。

「ひっ……! 鉄じゃねえ……! こいつ、火の中で生きてやがる……!」

老鍛冶師は恐怖で槌を放り投げた。
神崎さんは顔を蒼白にし、ハァハァと荒い息を吐きながら力なく首を振った。

「ダメだ……叩けない。形を変えようとすればするほど、この剣は人の精神(こころ)を喰って重くなっていく……。打ち直しは諦めます。明日の朝一番で、神社に納めて引き取ってもらいます」

神崎さんは震える手で剣を重い桐箱へ戻し、固く鍵をかけた。

打ち直しは失敗に終わったが、神崎さんはどこか吹っ切れたような顔で「取材に来てくれて、本当にありがとう」と私に深く頭を下げた。私はその夜、無事に自分のマンションへと帰宅した。

〜譲渡契約書の罠〜

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翌日の午後。自宅のデスクで取材記事を書き進めていた私は、ふと喉の奥に引っかかるような違和感を覚えた。

(……神崎さんはどうして、あれほど頑なに『取材記事』という形にこだわったんだ?)

昨日、別れ際に「取材の謝礼と、記事掲載の同意書です」と神崎さんから渡された封筒。
中の書類を取り出し、細かな利用規約に目を通す。

その末尾に、ごく小さな文字でこう書かれていた。

『本取材にかかる謝礼に代え、乙(神崎)は所有する指定の古物一口の所有権およびこれに付帯するすべての因果・管理義務を、甲(ライター)へ無償譲渡する。甲は本書面への署名をもってこれを受諾したものとする』

血の気が引いた。

(所有権の……無償譲渡……?)

取材の事前同意書だと思って、昨日サインしたあの書類だ。
謝礼金を受け取らない代わりに、あの剣の「所有権」が私に移されたことになっていた。

その時、玄関のチャイムが静かに鳴った。
宅配業者だった。

「〇〇(私)様宛にお荷物です。神崎様からのご指定で、今朝一番の便でお届けしました」

渡されたのは、縦長の重い桐箱。
昨日、あの作業場で神崎さんが鍵をかけた、あの箱だった。

〜浸食される日常〜

手がガタガタと震える。
スマホを取り出し、神崎さんの携帯に電話をかけたが、出ない。

ニュースサイトを開くと、地元紙の小さなベタ記事が目に飛び込んできた。

『本日午前、加古川市内の住宅で住人の神崎正勝さん(58)が死亡しているのが発見されました。事件性はなく、老衰のような急速な身体衰弱による自然死と見られています。神崎さんの家族も全員重度の障害等で入院しており――』

記事を読みながら、私は理解してしまった。

「打ち直しを諦めて朝廷に献上した」という風土記の真相。
あれは祀るためではない。古代の男もまた、他者に剣の所有権を正式に“譲り渡す”ことでしか、自分だけが呪いから逃れる術がなかったのだ。

神崎さんは、自分の命が尽きるギリギリのタイミングで、カモとなるライターの私を探し出し、契約によって呪いのバトンを押し付けたのだ。

その時、リビングから「ゴトン」と物音がした。

見に行くと、高校生の妹が廊下の床にぽつんと座り込んでいた。
話しかけても返事がない。

妹はうつろな目で壁の一点を見つめたまま、自分の爪を、爪切りも使わずに静かに一枚ずつ剥がしていた。痛がる様子もなく、ただじっと、血の滲む指先を見つめている。

「……なに、やってるの……?」

声が震える。
妹はゆっくりとこちらを振り返った。その瞳からは、生気がすっかり失われていた。

『ねえ……お兄ちゃん。うち、なんかすごく寒くない……?』

ふと自分の手元を見ると、スマホを握る私の指先からも、急速に血の気が引き、斑点が浮かび上がり始めていた。

部屋の隅に置かれた桐箱から、目に見えない不吉な「黒い染み」が広がっていくように。
怪死でも、火災でもない。

この剣を所有してしまった私と、私の大切な家族の心と身体が、今日からじわじわと、時間をかけて壊れていくのだ。

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