福崎町の歴史を紐解く貴重な成果。|平成30年度 埋蔵文化財発掘調査速報

(画像・情報:広報ふくさき 2019/03月号 より)

福崎町教育委員会
柳田國男・松岡家記念館
神崎郡歴史民俗資料館

社会教育課文化財係では、町内の各種開発に伴い、埋蔵文化財調査を行っています。平成30年度は、開発に伴って6件の本調査を行いました。その結果、福崎町の歴史を紐解く貴重な成果が得られました。

奈良時代の大きな掘立柱建物跡を発見!!(吉田地区)

平成30年6月から約2か月間、吉田地区で店舗新築工事に伴う南田原条里遺跡の本調査を実施しました。調査の結果、掘立柱建物跡5棟、溝13条、土坑2基、落ち込み2か所等が確認されました。掘立柱建物跡のうち、1番大きなものは、柱穴と柱穴との間が1.6mあり、建物の1辺の長さは4.8mありました。これは、東西方向に4つの柱穴が並びます。おそらく南北方向にも同じ数以上の柱穴が並んでいたと思われます。見つかった土器から、奈良時代後半の建物跡だと考えられます。

弥生時代と奈良時代の溝(駅前地区)

駅前の開発事業に伴い、埋蔵文化財調査を先立って行ったところ、平成27年度に中溝遺跡というこれまで知られていなかった遺跡が発見されました。平成30年度は、福崎駅南側の本調査を行ったところ、溝4条、土坑6基等が見つかりました。そのうち1条からは奈良時代の土器が、また、別の2条からは弥生土器が出土したことから、それぞれ弥生時代(約2000年前)と奈良時代の溝だと考えられます。

平成27年度の調査では、中世(約800年前)の建物跡が見つかったため、中溝遺跡は中世の遺跡であると考えられていましたが、今回の調査で新たに弥生時代と奈良時代の遺構や土器が見つかりましたこ。のことから、この遺跡には、弥生時代から中世まで継続して人が住み続けていたと考えられ、今後の調査によって新たな遺構の発見が期待されます。

弥生時代から中世の複合遺跡(田尻地区)

平成30年4月に、宅地造成工事に伴う西田原上野田遺跡の本調査を実施しました。調査の結果、溝、土坑、落ち込み等が確認されました。調査区の北西から旧河道が検出され、弥生時代末から古墳時代初頭(約1700年前)の土器が見つかりました。この時期に機能していたものと考えられます。他にも、同じ時期の甕や壺等の日常の煮炊きの道具である土器が、土坑から見つかりました。

鍛冶屋遺跡(鍛冶屋地区)

平成30年4月、鍛冶屋地区で個人住宅新築工事に伴う本調査を実施しました。これまでこの遺跡内で調査を行ったことがなく、古代から中世(約1300年前から800年前)の土器が採集されていることから、この時期の遺構が見つかることが期待されていました調。査の結果、溝、土坑、柵列等の遺構が上下2面から見つかっています。下の層から見つかった柵列は、柱穴が2個ずつ1組になって南北方向に13基並んで検出されました。また、遺構を検出する時に、多くの土器が出土しました。ほとんどが中世の須恵器の杯や椀等で、遺跡の時代も同時期であると考えられます。

西光寺中遺跡(西光寺地区)

平成30年1月、建物新築工事の計画があり、事前に調査したところ、遺構が見つかったため新たに遺跡として登録されました。そして、4月に本調査を行いました。調査の結果、溝が2条重なるようにして見つかりました。土器が出土していないため時期は不明ですが、寶性院に近接していることから、寺院関係の遺跡の可能性もあり、今後の調査に期待されます。

上坂遺跡(辻川地区)

平成30年8月から、事業に伴う本調査を行いました。上坂遺跡は、過去の分布調査(地表面から土器を採集する調査)によって、遺跡である可能性があることが分かっていました。調査の結果、竪穴住居跡、溝、土坑などの遺構が見つかりました。また、弥生時代から中世の土器を採集することができたことから、弥生時代から人が住んでいた地域と考えられます。調査区の東側では近代の遺構と思われるものも確認でき、調査区の南西に位置する三木家住宅との関連も考えられます。


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